大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成5年(ネ)635号 判決

控訴人

榊原大十(反訴被告)

被控訴人

林こと南利江子(反訴原告)

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人に対し、金一三五万四三六五円及びこれに対する平成二年六月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審ともこれを五分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は、第一項の1に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

事案の概要は、原判決の「事実と理由」の「第二 事案の概要」欄に記載されているとおりであるから、これを引用する。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四争点に対する判断

一  治療の経緯

成立に争いのない乙第一号証、第二ないし第四号証の各一、第九号証、第一一号証、第一二号証の一、原審における鑑定及び被控訴人本人尋問(第一、二回)の各結果によれば、被控訴人は、本件事故後、次のとおり治療したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  被控訴人は、本件事故の翌日である平成二年六月一六日の一日だけ、青山病院で診察を受け、頸部レントゲン撮影をしたが、異常は認められず、頸部挫傷の傷病名が付された。

(二)  被控訴人は、同月一八日、頸部痛及び左上肢痺れ感を訴えて公立陶生病院の眼科及び整形外科を受診し、同月二一日再診、同月二八日から同年七月一八日まで二一日間同病院において入院治療を受け、退院時に同年七月三一日に整形外科外来を受診するように指示されたが、その後全く受診していない。

その間、被控訴人の訴える症状は左上肢痛が右上肢痛に変わつたり、突然右上肢痺れを訴えたり、医師と看護婦に対する訴えや症状の説明に矛盾がみられる。また、同病院の入院総括では被控訴人の症状は「心因性要因?」とされ、入院看護総括ではリハビリ不要とされている。

(三)  被控訴人は、同年七月二四日から平成三年六月一〇日まで森川整形外科医院に通院治療(通院実日数二一四日)し、次いで山口病院に転院し、平成五年一月一一日までの間に入院一〇七日、通院実日数一五二日に及ぶ治療を受けた。森川整形外科医院においては、それまでなかつた胸部痛を訴えたり、山口病院においてはしばらく訴えのなかつた右頸肩痛及び背部痛や新たな症状ともて嘆声と口湯を訴えている。

また、被控訴人は、森川整形外科医院に転院した後、手首をカミソリで切り自殺を図つたが、未遂に終わつている。

(四)  公立陶生病院及び山口病院でのCT及びMRI検査で頸椎は正常と診断されている。

以上の事実によれば、被控訴人の訴える症状は、CT及びMRI検査による頭(頸)部痛の原因となる外傷性の異常が認められず、その他の検査結果とも矛盾していること、本件事故との因果関係が最も問題となる頸部の症状が次々と変化し、頭(頸)部痛が一年以上も続いていることから、もともと存在していた症状か他の疾病に基づく症状と考えられる。

二  本件事故の態様と被控訴人に対する衝撃の程度

成立に争いのない甲第一号証の一ないし九、原審における控訴人本人尋問の結果により被害車の写真であると認められる甲第三号証の一ないし三、原審における鑑定及び控訴人本人尋問の各結果によれば、被控訴人は、被害車を運転して北進し、本件事故現場である交差点を左折してすぐに同交差点南西角の被控訴人方駐車場へ入るため左折しようとしたが、同駐車場から出ようとしている車両を認め、同車両を待つために停車したところ、控訴人は、加害車を運転して南進し、同交差点を右折しようとして被害車を認め、減速して被害車を先行させ、これに続いて右折した際、約六メートル前方で停車した被害車を認め、右にハンドルを切るとともに急ブレーキをかけたが及ばず、加害車の左前部を被害車の右後部に追突させ、ほぼ右衝突位置に両車とも停止したこと、被害車の後部トランクのリアバンパーがやや上に押し上げられたために開かなくなつたが、右バンパーには衝突による傷と認められるものは生じなかつたこと、事故後、当事者双方はそれぞれの車両を運転して警察署に出頭したこと、頭頸部のむちうち運動による受傷は、頸部が過伸展又は過屈曲することによつて生ずるものであることが認められる。

ところで、いずれも原審において控訴人本人は「(衝撃は、)当たつたかなという程度のもので、被害車両が少し前方に動いたようでした。」旨、被控訴人本人は「衝突の衝撃で、体が後方に戻された感じがしました。」旨各供述しているが、成立に争いのない甲第九号証によれば、車両が急停車した際、車体整架装置によつて数十センチメートル程度の動揺が生ずる可能性はあるから、右各供述は必ずしも上記鑑定に矛盾するものではなく、他に右鑑定を左右するに足りる証拠はない。

三  以上の事実によれば、本件事故はきわめて軽微なものであつて、これにより被控訴人に頸部挫傷が生じたとは認め難く、被控訴人の訴える症状が次々に変化する等上記認定の治療経過等からみて、右症状は追突の衝撃による一時的なものに加えて、心因性の症状が続いたものと認められる。そして心因性による症状も一概に本件事故との相当因果関係を否定することはできない。そこで、次に右事実を前提として本件事故との相当因果関係が認められる損害額について判断する。

1  治療費(請求一三一万六〇〇〇円) 七六万〇二六五円

前記治療の経緯によれば、被控訴人の前記症状についての治療行為として、本件事故と社会的に相当な因果関係にあるのは、一応の診療が尽くされた公立陶生病院における診療までであると認められるところ、成立に争いのない乙第二号証の二、三、第三号証の二ないし五によれば、公立陶生病院における治療費(文書料を含む。)は七六万〇二六五円であると認められる。

2  雑費(請求三五万三〇〇〇円) 二万六二〇〇円

入院雑費は入院一日当たり一二〇〇円、交通費等通院雑費は通院一回当たり五〇〇円が相当であるから、前記入院二一日、通院二回の雑費合計は二万六二〇〇円である。

3  休業損害(請求二六七万七〇〇〇円) 二一万七九〇〇円

前記治療の経緯によれば、被控訴人は、公立陶生病院入院期間中は全く就労できず、通院期間中は五〇パーセント就労が制限されたものと認めるのが相当である。

原審における被控訴人本人尋問の結果(第二回)及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第一〇号証の一ないし三によれば、被控訴人は、本件事故当時三八歳の女性であり、看護婦として勤務し、本件事故前である平成三年四月から同年六月まで一か月平均九万七〇六六円の給料を得ていたほか、勤務後に夫の経営する中華料理店を手伝つていたもので、同年齢の女子労働者の平均賃金を得る労働能力を有していたものと推認され、平成二年度における産業計・企業規模計・学歴計の三八歳の女子労働者の平均年収三〇九万〇八〇〇円(一か月二五万七五六六円)であるから、被控訴人の休業損害は、二一万七九〇〇円となる。

257,566×(3+30+18+31+10+30×0.9)=217,900

4  慰謝料(請求二〇〇万円) 二五万円

本件事故の態様、被控訴人の症状、治療経過等諸般の事情を考慮すると、被控訴人の慰謝料としては右金額が相当である。

5  弁護士費用(請求五〇万円) 一〇万円

被控訴人が控訴人に対し、本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、右金額が相当である。

四  過失相殺の抗弁について

控訴人は、本件事故は、被控訴人の後続車の動静に注意して徐行したうえで停止すべき注意義務を怠り、左折後徐行することなく急制動をかけた過失も競合して発生したものであるから、過失相殺すべきである旨主張する。

しかし、控訴人は後続車の運転者として、常に先行車の動きに注意を払い、かつ、先行車が急制動により停止してもこれを回避できる車間距離を保つべきであり、また被控訴人が通常予想できないような不適切な急制動をかけたと認めるに足りる証拠はないから、右抗弁は採用できない。

五  以上によれば、控訴人は被控訴人に対し、一三五万四三六五円及びこれに対する本件事故の翌日である平成二年六月一六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、被控訴人の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。

よつて、控訴人の本件控訴に基づいて、右と一部結論を異にする原判決を本判決主文第一項の1、2のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邉惺 猪瀬俊雄 河邉義典)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例